Feb 18, 2009
会社設立に成功した近所の主婦
私の近くに会社を設立して成功している人がいる。前は普通の主婦だったのに、いつの間にかあれよあれよと成功して、今は自分のお店とインターネット販売で有名なお店になった。思い起こせば子供がまだ幼稚園に通っていた頃、その時からその片鱗は見せていた。海外での衣料品を輸入して3日ほどガレージ店を頻繁に開催していた。 "これどうしたの。どのように輸入した"と尋ねると、"これは趣味だ"とした。その数年後に会社設立を某有名サイトに出店して、バイトも雇って自宅では手狭だと土地を購入して2階の店を作ってしまった。近くにこのように成功している人がいるから、自分も何かを熱心にしようとする。中古ワンルームマンションや中古ファミリータイプマンションから不動産投資ローンを結んだことがあるが、今後の事業資金が伸び悩んでいる銀行は、中古ワンルームマンション投資などの市場に参入してきたようだ。事業資金の落ち込みがひょっとして、三度、不動産バブルを持つようになるかもしれないと個人的に考えている。
浦和と契約満了となった元日本代表GK都築龍太(32)が現役引退することが27日、明らかになった。関係者によると、昨年6月の湘南への期限付き移籍が終了し、今年1月14日に浦和と契約満了となった都築は移籍先を探していたが、この日までに去就を決断。28日にも正式発表される。
Jリーグを直撃する“GK不況”のあおりを受けた。各クラブは経営悪化の影響でGKの人件費を真っ先に削減。GK枠を従来の4から3に減らすケースも増え、年俸を低く抑えるために若手を登用する傾向にあった。
都築は浦和で05年から天皇杯2連覇に貢献。07年のアジアチャンピオンズリーグ優勝、クラブW杯3位進出の立役者となった。日本代表の岡田武史前監督からも高い評価を受けていた。08年11月のW杯アジア最終予選カタール戦から常時招集。10年シーズンに浦和で負傷を理由に定位置を失うまで代表の常連だった。
「都築がレッズで試合に出続けていれば、南ア(W杯)でピッチに立っていたかも知れない」と日本サッカー協会の犬飼基昭前会長(68)も証言した。昨季後半も実力下位の湘南を数々の好守で支えた実力者は、惜しまれながら華麗なキャリアに幕を下ろす。
◆都築 龍太(つづき・りょうた)1978年4月18日、奈良・生駒郡生まれ。32歳。長崎・国見高から97年にG大阪に入団。03年に浦和へ移籍後、ACL(07年)や天皇杯制覇(05、06年)などに貢献。昨季途中から当時J1の湘南に期限付き移籍。J1通算250試合出場。代表は01年日韓コンフェデ杯のブラジル戦でデビューし通算6試合出場。
【関連記事】
原口仕掛けろ!ペトロビッチ監督が指示…浦和
ペトロビッチ新監督、復活へ声出せ!…浦和
ペトロビッチ監督、柏木はボランチ起用…浦和
元浦和コーチの池田氏が韓国協会と契約…日本人で初
都築龍太 、 現役引退 、 期限付き移籍 を調べる
アジア杯日本代表合宿(27日、カタール・ドーハ)韓国戦で両ふくらはぎと両太ももを痛め、別メニュー調整した長谷部は「ケーヒルは当然、ポジション的にマークすることになる。体を張って止めたい」と、日本戦で過去4得点をマークした“ジャパンキラー”封じを宣言。相手のオジェック監督は07−08年にJ1浦和を指揮し、長谷部も指導を受けた。「しっかり守備(を固めて)から速攻が持ち味。そういうサッカー」と、手の内も分かっている。
【写真で見る】笑顔で練習を見つめる長谷部
【関連記事】
本田圭、移籍封印!優勝誓う/アジア杯
香川、離脱…ドイツで吉報待つ「V信じる」
香川代役は藤本「大丈夫です」/アジア杯
今野、キューウェル警戒ゼロ封宣言/アジア杯
長友、香川の分まで/アジア杯
29日のサッカー・アジアカップ決勝で日本と対戦するオーストラリア。チームを率いるのは、J1浦和を率いた経験を持つドイツ人のオジェック監督だ。元浦和の日本代表2選手とは、立場を替えて対戦する形になる。
【何度も振り返りたい 宿命の死闘】川島神セーブで決勝へ 日韓戦詳報と写真グラフ
オジェック監督は2度、浦和を指揮した。95〜96年には、それまでリーグ下位に甘んじていた浦和を上位争いに導き、2度目の就任となった07年にはアジア・チャンピオンズリーグ制覇を達成。しかし翌08年、開幕からの2連敗で解任された。
昨夏のワールドカップ(W杯)後、オーストラリア代表監督に就任。W杯メンバー中心で臨んだ今大会、チームを初の決勝に導いた。オジェック監督のカラーを感じさせるのが、ここまで5試合でわずか1失点というオーストラリアの堅い守りだ。
07年当時、浦和の主力として活躍していた長谷部(ウォルフスブルク)は「ピッチで会えるのは楽しみ。オーストラリアの試合を見たが、浦和時代と同じように、しっかり守備をして速攻をしていた。スタイルはそう変わらないと思った」と話す。07年に控えだった細貝(アウクスブルク)は「クラブW杯で自分を使ってくれた」と今も感謝を忘れない。そして、「指導はそれほど厳しくなかったが、『ボール(の上)に座るな』とか細かく言われた」と思い出を語った。
「韓国を倒し、オーストラリアを倒せれば、真の王者になれる」(長谷部)と意気込む「教え子」たちの挑戦を、どう受け止めるか。【江連能弘】
【関連記事】
<アジア杯日本代表>全選手のプロフィル・寸評入り写真グラフ
<深夜の熱狂>視聴率35% アジア杯日韓戦
<決勝はオーストラリア戦 勝て日本>どうなる…香川が足指骨折
<決勝はオーストラリア戦 勝て日本>本田圭「次、来ますよ」 ゴールを約束
<準々決勝>激闘カタール戦、10人で逆転勝利 詳報と写真グラフ
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.